病気の意味と薬の起源

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病気には、ウイルスや細菌の感染による感染症、遺伝子が原因となる遺伝病、環境の変化によって起こる文明病などがある。

病気だと思っているさまざまな疾病や疾患といった症状のうち、あるものは身体を守るための大切な防御反応であり、またあるものは人間が作り出した文明や文化が原因となって引き起こされた「人災」であり、さらに病気を起こすと考えられていた遺伝子がじつは我々祖先が生き延びるために有益であったというようなことが次々と明らかになってきている。

参考文献:進化からみた病気
著者:栃内 新

なぜ病気があるのか?

世の中にはさまざまな病気に悩む人々が数多く存在している。しかし、病気の原因はけっして個々人の責任に帰せられるものなどではなく、人類全体が共有して背負っている進化の歴史の結果であり、たまたまある個人に具現化されてしまっただけである。

38億年の生命進化、5億年の脊椎動物の進化の中でヒトの病気というものがどうゆう意味を持つのかが理解されたならば、ヒトという動物種に属する一個体にすぎない小さな存在を、違った観点から見ることができるかもしれない。

一口に病気といっても、ウイルスや細菌の感染による感染症、遺伝子が原因となる遺伝病、環境の変化によって起こる文明病などいろいろある。

ポピュラーな病気である感染症は、そのもととなるウイルスや細菌も生物であり、彼らも進化し続けていることが、感染からなる病気が今も存在している大きな原因のひとつと考えられるウイスルは生物でないと定義もあるが、ここでは遺伝子を持ち子孫をつくるウイルスを生物として扱う)

生活環境が変わることで、ある性質が有利になったり、不利になったりするのはよくあることと考えられる。現代人にとってもはや必要とはいえない性質や病気の原因となる性質の数々が数百年、数千年、あるいは数万年前には「有利」な性質だった可能性がある。

風邪の症状

風邪というのは固有の病名ではなく、呼吸に関係する喉や鼻を中心に起こるさまざまな症状(くしゃみ、鼻水、鼻づまり、咳、喉の痛み、痰、発熱、倦怠感、頭痛、下痢、嘔吐、食欲不振など)を示す「風邪症候群」といわれる状態をまとめた呼び方である 。

風邪はウイルス感染が原因で、風邪の症状はウイルスが作り出しているのではなく、体の防衛反応である。ウイルスが細胞に侵入(感染)・増殖することを防ぐために起こる。ウイルスの種類によって侵入する部位や細胞の種類が異なるので症状も異なるが、身体の中で起こっていることは基本的に同じである。

コロナウイルス(鼻の粘膜で増殖/鼻づまり、鼻水)、ライノウイルス(鼻、喉の粘膜で増殖/鼻づまり、くしゃみ)、アデノウイルス(喉の粘膜で増殖/肺炎、子どものプール熱、結膜炎)、エンテロウイルス(腸管で増殖/発熱、皮膚や粘膜の発疹)

風邪に見られる症状のうち、くしゃみ、鼻水、咳、痰、下痢、嘔吐などは、吸気や唾液・鼻汁、あるいは消化管内容物を身体の中から外へ追い出そうとする防衛反応である。

ウイルスに感染しているヒトの身体がウイルスを排除しようと反応した結果、外に出されたくしゃみの飛沫、鼻水、咳の呼気、痰、便、吐瀉物の中にはウイルスが大量に含まれている。それらのウイルスは、もちろん感染性を持っているので、新たな感染源になる。

発熱と倦怠感

風邪の全身症状の典型は発熱であり、それに伴って倦怠感を感じたり、食欲不振に陥ったりする。ヒトの身体で熱を作るのは、主として筋細胞、褐色脂肪細胞や肝細胞である。

ウイルスが体内に侵入したとき身体が設定体温を上げるのは、ヒトが進化の過程で獲得したウイルスと戦うための生存に有利な性質である。風邪のウイルスが喉や鼻に感染するのは、平常時36度〜37度の設定体温を保つ体の中でも比較的温度が低いところ(33度〜34度)だからである。体温が上がり結果的に喉や鼻の温度も高くなるとウイルスの増殖を抑えられるので、発熱は効果的なウイルス増殖の抑制効果を持つ。

設定体温をコントロールしているのは、脳の中の「視床下部」という小さな部分の働きである。視床下部にウイルスが侵入したことを知らせるのは、全身の至るところに分布して生体防御の初動活動を行なっている、食作用を持った大型の白血球(マイクロファージ)である。

マイクロファージは身体に侵入したウイルスを捕食(貪食)すると、警戒物質であるインターロキン1やインターロキン6と呼ばれるタンパク質を作って放出する。このタンパク質は血流に乗って脳に到達すると、脳にある神経細胞に働きかけてプロスタグランジンという物質を合成させるなどのいくつかの反応を引き起こし、最終的にはプロスタグランジンが身体の生理状態のコントロールセンターである視床下部に働きかけて、設定体温を上げる。

ただし、体温が上がってもウイルスの増殖が低下するだけで、ウイルスが体内から消失するわけではない。最終的には、リンパ球などの免疫細胞の働きにより、ウイルスが処理される必要がある。そして、さまざまな免疫細胞の働きも、体温が高い方が速やかに進むことがわかってきている。

設定体温を保つしくみを持っているヒトの体温は、平常時は36度〜37度である。暑いときには、体温が上がりすぎるのを防ぐために、体表に近い毛細血管を太くしたり汗をかいたりして、放熱・冷却する。逆に寒いときには、体表に近い毛細血管を細くして放熱を抑えるとともに、筋細胞や褐色脂肪細胞、肝細胞などでエネルギーを使って積極的に熱を作り出す。

風邪をひいて発熱したときに悪寒という寒気を感じるとともに、たとえ37度の体温があっても寒いときと同じように鳥肌が立ったり身体が震えたりする反応を示す。それは、風邪ウイルスに感染した結果、設定体温が平常時の体温より高くに変更され、変更された設定体温に上がるまで身体が寒いと感じるためである。 

また、風邪の典型的な症状のひとつである倦怠感も、ヒトに安静を強いることでそのエネルギーを発熱や防御反応に振り向ける性質で、発熱と同じくヒトにとって必要な症状である。 

発熱によって悪寒と倦怠感を感じたら暖かくして安静にすることで、ほとんどの場合は数日のうちにウイルスに対する抗体が作られ、体内からウイルスが消滅する。身体からウイルスがいなくなると警戒物質のインターロイキンが作られなくなるので、プロスタグランジンも合成されない。脳内からプロスタグランジンがなくなると、視床下部の設定温度は通常に下がる。

病気と治療法

野生動物でも、日常の食餌ではミネラルやビタミンなどが足りなくなることがある。そうした場合には、ふだんは食べない塩や泥・灰、通常の食草ではない植物を食べたり、草食動物が昆虫などを食べたりすることが知られており、身体になんらかの栄養が不足するとそれを感知する能力を持ち、必要な食べ物を選ぶ能力があると考えられている。

下痢をしたチンパンジーが、ふだんあまり食べない抗生物質を含むアスピリアというキク科の植物を食べているのが観察されている。チンパンジーはアスピリア以外にもアフリカの現地人が腹痛や寄生虫駆除に使っている樹皮や樹液を食べることも知られている。これについては、チンパンジーなどがそれらの植物を食べているのを見て、ヒトが真似をしたという可能性があり、薬の起源はこのあたりに求めることができると考えられている。

植物の中にはさまざまな薬理作用を持った化学物質があることがわかっており、最初に薬として使われたのはこうした植物だった。一方で、植物や菌類の中には毒性のある化学物資も多く存在し、誤って食べると食中毒の原因となることもある。毒と薬は厳密に分けられるものではなく、使い方によっては、文字通りヒトをも殺してしまう毒になる。

しかし、ヒトは古くからこうした毒を「薬」として利用してきた。多くの事故を乗り越えて経験的に獲得した知恵なのだろうが、どういう植物がどういった場合に薬として使えるかという知識は、医療のない時代のヒトにとってみればまさに生死を分けることにもなっただろう。長生きをして、こうした薬草に対する知恵を持った長老的存在から、病気を直す専門家としての医師の誕生はほんのワン・ステップである。

薬でさまざまな病気の症状が軽減されることが発見されると、人類はヒトの身体に起こるあらゆる不都合な症状を医療によって改善することを目指すようになった。頭が痛いとか身体がだるいとか、咳が出るなど症状がはっきりと自覚されるものをなんとかしたいというのは自然な欲求であり、世の中にはそうした自覚症状を暖和するたくさんの薬があふれている。

薬を使うなというのではなく、毒になることもある薬によって、もともと持っている身体の自然治療能力を妨害してはいないかという観点を持つことが重要である。