サルからのヒト

IMASENZ

ヒトの行動は長い進化の産物であり、それこそ生命の起源に近い時代からもち続けている遺産もあれば、爬虫類時代の遺産もあり、類人猿時代の遺産もある。そして最終的に獲得したのは狩猟採集民時代の適応である。

ヒトに共通な心理や行動の特徴は、長い進化の過程の産物である。それらはいつ、どうして生まれたのか、どうゆう適応的意義をもっているのか、ヒトがお互いによく似ているだけでなく、ヒトは霊長類はじめ他の動物とも多くの共通点を持っている。ヒトは白紙で生まれてこない。

著者:西田利貞
引用:人間性はどこから来たか 
発行:1999年10月1日

初期人類の進化

ヒトであるホモ・サピエンス(現生人類の学名)は、約220種が現生するサル目の一員であり霊長類(サル類)の一種である。ヒトの最後の共通祖先はチンパンジー属との共通祖先で、ヒトと最も近縁な動物はチンパンジーとボノボ(ピグミーチンパンジー)である。

f:id:imasenze:20170613023441j:plain

直立二足歩行する最初の祖先が、どのような段階を経て現代人になったかは、まだまだわからないことが多い。共通祖先をもつチンパンジー属とヒトとの共通点から初期人類の進化を辿る。

現生アフリカ類人猿に分類されるチンパンジー・ボノボ・ゴリラとヒトの共通祖先に近い位置にあると考えられているのは、約440万年前にエチオピアに住んでいたアルジピテクス属のアルジピテクス・ラミダスである。アルジピテクス・ラミダスの歯の形態はどの人類化石よりもチンパンジーに似ているといわれている。

アルジピテクスは最後の共通祖先かもしれないし、ヒトの方に一歩踏み出したばかりの人類かもしれないし、その逆にチンパンジー属の祖先かもしれない。アルジピテクスが人類でなければ、最古の人類化石はケニア出土のアウストラロピテクス属アウストラロピテクス・アナメンシスで390-420万年前とされる。[1999年10月発行書籍を参考にしています発行後、2001年にオロリン属オロリン・トゥゲネンシスと2002年にサヘラントロプス属サヘラントロプス・チャデンシスが発見されている。]

f:id:imasenze:20170613023527j:plain

共通祖先の化石が出土される遺跡からともに出土される植物や動物の種類からみて、共通祖先は森林を主な生活圏としていたが、閉ざされた熱帯雨林ではなく、乾燥疎開林や低木サバンナによって区切られた断片化した森林であった可能性が高い。

チンパンジー、ボノボ、ヒトのうち染色体だけみると「最後の共通祖先」に最も似ているのは、ヒトである。しかし、ヒトの祖先がこの100万年で非常に変化したことは確実であるため、小さな地域の個体群が孤立し進化したボノボではなく、チンパンジーを最後の共通祖先のモデルとして選んで問題にはならないだろう。

共通祖先の森林での行動様式 

最後の共通祖先の食べ物は、果実中心であったであろう。しかし、種子、シロアリ、イチゴ、ハチの子、蜂蜜など幅広い食事メニューをもっていた。齧歯類やダイカーなど小中型の哺乳類を捕らえ、ある程度の肉食もたしなんでいたと考えられる。また、死体食い(スキャヴェンジング)もすでに始まっていた可能性が高い。

威嚇のための武器として、枝をふりまわしたり、引きずったりしただろうし、他にも植物性の道具をもっていた可能性が高い。

かれらの社会は、大人の雄の血縁を核とする50-100人程度の父系集団であった。雄は生まれた集団で生涯を過ごしたが、雌は性的成熟とともに出自集団から他の集団へ移籍した。インセスト(近親相姦)は回避される傾向にあり、少なくとも母親と大人の息子、兄弟姉妹は性交を回避しただろう。

大人の雄の間には、はっきりした優劣関係が成立した。ある程度の食物分配は大人の間でも行われたが、頻繁に見られたのは母親と離乳期前の子の間であった。食物と食物の交換はなかったが、互酬性の観念があり、性と食物、毛づくろい、闘争の支援などが交換の通貨として使われた。身振りと音声によるコミュニケーションが行われ、論理的な思考能力を備えていたと考えられる。

二足歩行の起源と初期人類の生活

二足歩行は類人猿の移動様式とかけ離れている。最後の共通祖先は、なぜ二足歩行を始めたのだろうか?

アフリカ類人猿とヒトの共通祖先から、いかに人類の祖先が分岐したのかは謎であるが、仮説としてアフリカ大地溝帯の東西にヒトの祖先とチンパンジーの祖先が隔離されたのが分岐と考えられる。西側の樹木の多い地域にはチンパンジーの祖先が、東側のより乾燥した地域にはヒトの祖先が隔離されたというシナリオであり、人類の二足歩行は採食地から次の採食地への果実を求めて移動する必要から起こったと考えられる。

これは、水生の脊髄動物が水たまりから、次の水たまりへ行くために、やむおえず陸を通過地点として利用するようになった結果、陸生脊髄動物が進化したのと同じである。他の類人猿と比べ、ヒトの移動の最大の特徴は長距離移動である。 

初期人類は二足歩行者であったが、それにもかかわらず、足が短かったことや手足の指関節が長く曲がっていたことが示すように木登りもうまかったと思われる。

初期人類は、比較的大きな切歯をもっていた。このことは、初期人類が果実食者であったことを示唆するが、類人猿とは異なり犬歯は小型であり、頬歯は低く、エナメル質は厚かった。それゆえ、チンパンジーのよいうな果肉食の習性から堅果、穀粒、その他の硬い食物へと食性が変わりつつあった段階、と考えるべきである。

なぜ犬歯が小型化したのかは、硬い食物を食べるにあたって臼でひくような顎の回転運動が必要になり、それにとって長い犬歯は不都合になったと思われる。

植物の地下器官は、キノコとともにヒトが食べチンパンジーがまったく食べないまれな食物品目の一つである。タンザニアのサバンナ疎開林には一平方キロあたり40トンもの食べられるイモがあり、初期人類の現れた頃にも、豊富なイモ資源があったことは間違いない。樹木サバンナに進出した祖先は、サバンナで豊富な植物の地下の栄養貯蔵器官の利用を主な生計の糧にしたのだろう。

ヒトが多量の地下資源の存在に気づいたとき堀棒とい重要な道具が発見された。森林の中では補助的な道具にすぎなかった堀棒が、サバンナでは新たなニッチを確立するのに役だったのではないだろうか。堀棒はイモの獲得とともに、ウサギなどの小動物の狩猟や、武器として役立っただろう。

初期人類の社会構造

アウストラロピテクスの生活史は、ヒトより類人猿のそれに近いことが歯の萌出順序から推定できる。たとえば、第一大臼歯が生えるのは類人猿が三歳であるのに対し、ヒトでは六歳である。アウストラロピテクスも三歳で第一大臼歯が生えたと考えられる。

よって、アウストラロピテクスの赤ん坊の母親への完全な依存期間は短く、大人の雄の育児への参加、家族の形成は、まだ始まっていなかったと推測される。特定の雌との紐帯が欠けている以上、その雌を通じて他の集団との姻戚関係を確立することもなく集団間は敵対的であっただろう。

初期人類は、サバンナという環境で捕食者から身を守るために複雄複雌集団の単位集団とそのサブグループとしての一夫多妻という重層的な群れを作っていた可能性が高い。

原人の段階

人類は直立原人の段階で体格が大型化し、臼歯のサイズとエナメルの厚さが減少し、脳容量が大きくと大きな変貌を遂げた。ヒトの脳は体重の2%にすぎないのにエネルギー消費は全体の16%である。つまり、脳はきわめてコストの高い器官で、この時期の人類になんらかの栄養改善が起こったことは間違いない。

仮説は、この時期に火を使って食物を料理することが始まったのではないかというものである。食物の少ない時期に依存する食物への適応こそ、自然淘汰がいちばん強く働く要素である。肉の獲得は安定性に欠けるので、食物欠乏時には植物に依存したであろう。イモは生でも食べられるが、熱を加えると栄養素が増大する。消化しやすくなるだけでなく有毒物が無毒化することもある。

初期人類の雄は雌の2倍ほどもあったが、この時期に人類の性的二型は小さく雄は雌の1.2倍程度になっている。つまり、料理の発明によって性差が小さくなったのである。ホモ・サピエンスの社会では世界中でも料理をするのは主に女でありチンパンジーでも食物処理に関する道具使用は雌の方がよく行い、しかも技能も雄より格段に上だという証拠もある。

また火をくわえて消化しやすくなった食物を離乳食として子どもに与えた雌は、出産期間を短くし多くの子どもを残せただろう。同時に雌の性交できる日数の増加は雄同士の競合が減少する。かくして性的二型が縮小したのだろう。

火の使用が100万年前にアフリカを出て、地球上に広まった人類に大きく貢献したことは確かである。そして数万年前に新人ホモ・サピエンスが登場し、洗練された道具の制作能力、芸術、宗教など、現代人のあらゆる特徴が整い、人類は極地や大洋島にまで進出した。

現代人は狩猟採集民

現代人、ホモ・サピエンス・サピエンスは4万年前に出現したあと、その形質は遺伝的には変化していないと考えられる。文明とともに生活環境が変わり、生活様式が激変した。運動不足やストレス、長時間労働、炭水化物、糖、過食、偏食、薬害、アルコールなどが文明病の原因と考えられている。

未開社会には少なく、文明社会に頻繁に見られる病気を文明病という。それらには、心臓病、高血圧症、高コレステロール血症、動脈硬化症、糖尿病、胆囊癌、胆石症、痛風、肝硬変、鼠頚ヘルニア、静脈瘤、リューマチ性関節炎、ニキビ、虫歯、花粉症、アトピー性皮膚炎などがあり、肥満は文明病の多くを呼び寄せる疾患前駆状態である。

現代人が肥満に悩むのは、現代人が狩猟採集民の「本能」を持ち続けているからである。狩猟採集民は栄養学を知らない。かれらは、(もし可能なら..)食べたい物を食べたいだけ食べる、というのが事実である。

味覚も糖を「甘い」と感じ、脂肪やアミノ酸を「うまい」と感じるのは、ヒトが動物として非常に古く獲得した能力に違いない。そもそも食物に「うまい」とか「まずい」といった「味」などというものは存在せず、脳がそう感じているだけである。栄養のある物をおいしいと感じ、そういった食べ物を求めるのは動物にとって適応的であるが、「原始の感覚」をもち続けている結果、肥満への道を走ることになる。

ヒトの行動は長い進化の産物であり、それこそ生命の起源に近い時代からもち続けている遺産もあれば、爬虫類時代の遺産もあり、類人猿時代の遺産もある。そして最終的に獲得したのは狩猟採集民時代の適応であり、農耕革命以降の1万年に新たな形質を得たという証拠はない。

進化の産物である以上、ヒトの行動は教育やしつけによって、どうにでも変えられるというものではない。文明社会に住む現代人が心身ともに健康を取り戻すには、ヒトらしさを形成した狩猟採集時代にさかのぼって考えることが必要である。

*上記 本の一部を抜粋編訳したものです。『人間性はどこから来たか